皆さんは織田信長の役の俳優さんと言えば、誰を思い浮かべますか。今回は、かつて信長役で大ブレイクし、その後数々のドラマや映画なで大活躍をした高橋幸治さんという俳優さんをご紹介します。現在どうしているのか、引退してしまったのか。またご家族についても調べてみました。, 上の画像は、左が1965年放送のNHK大河ドラマ「太閤記」で信長役を演じた高橋幸治さん、右は最も本人に似ているとされる織田信長の肖像画です。, 信長役で大変な人気となった高橋幸治さんですが、2005年以降公の場に姿を見せることはなくなってしまい、現在どうしているのかと多くのファンが復帰を待ち望んでいます。, 活動期間はおよそ40年間と長く、キャリア豊富なベテラン俳優さんです。1965年「太閤記」および1978年「黄金の日日」にて織田信長役を演じています。, 高橋幸治さんは1990年代以降は目立った活動が見られなくなり、現在では活動を休止されている状態のようです。, 高橋幸治さんは1959年以来文学座に在籍していましたが、「太閤記」で大ブレイクした1965年に文学座を除籍となっています。, 大河ドラマののちに映画のロケに赴いた南米から帰国、過労で入院してしまいますが、文学座にその報告を行うのが遅れ、出演予定の舞台に穴をあけたためとされています。, 熱狂的な人気を博したにもかかわらず、2001年にテレビドラマ「ちいさな橋を架ける」、舞台「冬の運動会」に出演して以降、ほとんど活動していません。, 2003年元旦に読売新聞の「宮本武蔵」の特集に写真・コメントが掲載されたという情報はありましたが、俳優として作品に出演したという記録がありません。, 高橋幸治さんは2005年、69歳の時に岐阜県土岐市を訪れ、「広報とき」2005年5月1日号のインタビューに応じていますが、これが高橋幸治さんを確認できる最後の資料となっています。, 高橋幸治さんは現在、俳優としての活動を行っていないようで、俳優業を引退し、スローライフを実践しているのではないかという噂もあります。, スローライフにまつわる噂としては、趣味の陶芸を楽しんでいるのではないかということ、故郷の新潟県十日町市にいるのではないかという噂があるようです。, ただ、その真偽についてはいずれも定かではなく、依然として現在高橋幸治さんがどうされているのかははっきりしていません。, 高橋幸治さんは非常に人気の高い俳優さんなので、結婚をしているのかどうか気になる方も多いはずです。, ですが、既婚かどうかの情報さえ見つけることができず、現在の生活のみならずご家族についても謎が多い俳優さんです。, お子さんについては、息子さんではないかという方がいらっしゃいましたが、こちらの噂についても誤りだったそうで、どんな方なのかについては後述します。, 高橋幸治さんの奥様についても全く情報がありませんでした。結婚しているのかどうかさえ分からないので、もしかしたら独身なのではという噂もあります。, 再婚の噂についても、検証は不可能でした。同姓同名の方にまつわる情報が、俳優の高橋幸治さんに関するものとして出回ったもののようです。, 高橋幸治さんのご家族にまつわる噂としては、ロボットクリエーターの高橋智隆さんが息子さんなのではないかというものもありました。, 1975年生まれの高橋智隆さんは、立命館大学産業社会学部を経て京都大学工学部で学び直し、ロボットクリエーターとなります。, 開発したロボットでギネス記録を3つ所持し、パナソニックの乾電池エボルタNEOを動力源とするエボルタくん・エボルタNEOくん兄弟を世に送り出しています。, 高橋幸治さんと高橋智隆さんの画像を見比べてみると、そっくりです。年齢的にも顔立ちも本当の息子さんなのではないかという噂が出ても不思議ではありません。, 高橋智隆さんも、鼻筋の通った顔立ちをしており、体型や落ち着いた雰囲気も、高橋幸治さんと非常によく似ており、画像によっては見分けがつかないほどです。, ですが、高橋智隆さんのお父様は大学病院の内科のお医者さんだそうで、ご家族で大阪、滋賀、カナダと生活をしてきたそうです。驚くような他人の空似でありました。, 私生活を全く公にしていない上、同姓同名の方が多くいらっしゃいますので、噂の出どころとして人違いになってしまうことも多いようです。, 関東圏の大学病院に全く同じ名前の先生がいらっしゃる他、声優の方にも漢字は違いますが高橋孝治さんという方がいらっしゃいます。, 高橋幸治さんの名前でmixiのアカウントが存在していますが、こちらも真偽のほどは定かではありません。, 内容を見ても、作品に関する感想や意見交換が中心でご本人からの情報発信がなされておらず、どうやらファンサイトのようです。, 高橋幸治さんが現在どうされているのか、ご家族構成は、など気になりますが、私生活は、上述のようにほとんど公開されていませんでした。, ただ、熱心なファンの間では、高橋幸治さんは奥さんやお子さんなどのご家族を持たず、独身を通しているのではないかと語られているようです。, 織田信長の役を「太閤記」「黄金の日日」で2度も演じた高橋幸治さん。現在でも、伝説の織田信長役として名前が挙がる俳優さんです。, 放送当時の社会現象的ともいえる人気を物語るエピソードも交え、織田信長役としての高橋幸治さんについてご紹介します。, 高橋幸治さんといえば織田信長役の俳優さんというイメージが定着していますが、それはいつから、どんなきっかけでそのようになったのでしょう。, 信長役が高橋幸治に決まった過程は、高橋が宮口精二の車の運転をしていたところをスタッフの人が見かけ、それを吉田に紹介したことが最初のきっかけとなった。その後、吉田が高橋を部長会に連れて行き、その際に高橋が「信長です。よろしくお願いします。」と大声で挨拶した。それに大きな拍手が起こり、信長役に決まった。, 高橋幸治さんが初めて織田信長役を演じたのは、1965年、吉川英治の小説を原作とし、吉田直哉氏らの演出で製作された大河ドラマ「太閤記」でした。, 当時は高橋幸治さんのみならず、豊臣秀吉役で主演の緒形拳さんや、石田三成役で出演の石坂浩二さんという現在では錚々たる顔ぶれが、皆新人として抜擢されました。, 本能寺の変は当初8月8日の第32回で放送する予定であった。しかし、高橋幸治の人気でNHKに「信長を殺さないで」という投書が相次いだため、10月17日の第42回まで2カ月延期された。なお、信長はその後も回想シーンで登場している。, 高橋幸治さんが出演した「太閤記」の平均視聴率は31.2%、最高視聴率は39.7%と非常に高いものでした。, あまりにも高橋幸治さんの演じる織田信長が良かったので、ファンからの要望で本能寺の変が2か月も延長されるという異例の対応がとられています。, 「太閤記」の主役は豊臣秀吉役を演じた緒形拳さんでした。当時は緒方さんも高橋さんも新人で、ストーリーの初めのほうで高橋さんの人気に火が付いたようです。, 「最初は高橋さんの方が注目されていました。信長を殺さないでという投書がたくさん寄せられて、本能寺の変の放送を何週間か先延ばしにしたくらい凄い人気だったんです。でも『太閤記』は秀吉が主人公ですから、本能寺の変以後は緒形さんの人気もグングン出てきて全国的に知られるようになりました」, 「太閤記」で秀吉の正室・ねね役を演じた藤村志保さんはこのように語っています。当時の凄まじいまでの人気ぶりがうかがえます。, 秀吉が主役なはずなのに、信長への助命嘆願が殺到し脚本を書き直したため、本能寺の変までは、秀吉がほとんど出番のない回まであったとのことです。, 1965年の「太閤記」は白黒でしたが、1978年の「黄金の日日」はカラーテレビが普及した後でしたので、カラーにて織田信長役の高橋幸治さんを観ることができます。, 1978年に放送された大河ドラマ「黄金の日日」にて、「太閤記」で共演した緒形拳と再び秀吉・信長役で再共演を果たします。, 1965年放送の第3作目「太閤記」にて新人俳優として出演し人気俳優となった二人が、13年後に第16作目で再び同じ役で共演したので、大きな話題を呼びました。, 高橋幸治さんは、1966年のNHK連続テレビ小説「おはなはん」にてヒロインの相手役・速水謙太郎中尉の役で出演します。, 平均視聴率45.8%、最高視聴率56.4%という驚異的な視聴率となり、放送時間になると全国の主婦が家事の手を止めるため水道使用量が激減するほどだったそうです。, 高橋幸治さん演じる速水中尉は劇中で亡くなってしまうのですが、こちらも「太閤記」同様視聴者からの延命を願う投書が相次ぎ、出演期間が延長されています。, これまでの画像から、高橋幸治さんは顔立ちの美しさや品の良さだけでなく、精悍さや知的な雰囲気も備わった素晴らしい俳優さんであったことがうかがえます。, 2度も助命嘆願が出て実際の脚本が書き換えられたというエピソードは、尋常な人気ではありません。むしろ放送短縮や打ち切りの多い現在では考えられないことです。, 今のようにメールやSNSもない時代に、テレビ局にわざわざハガキを出して延命嘆願をしたくなるほど魅力的であったということが伝わるエピソードです。, それでは、高橋幸治さんがどのように俳優の道を歩んでこられたのかについてご紹介します。, 高橋幸治さんは1935年6月10日、新潟県十日町市で生まれました。いのしし年のふたご座ですね。, 十日町市出身の有名人の方は、ほかには歌手の高野千恵さん、元CoCoの宮前真樹さん、ミュージシャンの飯塚昌明さんらがいます。.